Collection of essays – 柘植和廣

山路慎一さんへ

天国に召されて、早いものでもうすぐ1年になりますね。

FB顔写真私がレーシングドライバー山路慎一選手を知ったのは、トヨタで国内モータースポーツを担当していた1998年5月の全日本GT選手権第2戦(富士)でした。今もあの勇敢な消火活動が目に浮かびます。その翌年からトムスのドライバーとしてGTレースを一緒に戦いました。菅生大会では常に表彰台に上り、2001年には優勝をともに喜びました。一方で、フォーミュラトヨタレーシングスクールの講師としても活動して頂きました。熱血教師として若い受講生を一生懸命指導してくれました。その結果、中嶋一貴選手や小林可夢偉選手など多くのレーシングドライバーを育ててくれました。(講師陣からは、なぜか「夜の校長先生」とも呼ばれていましたが…)

私は、2008年から富士スピードウェイでレース事業を担当しておりますが、山路さんから、「レーシングドライバーとしての経験を活かして、自分を育ててくれた富士スピードウェイの一助になりたい。」との申し出があり、2011年からオフィシャル&競技長としてご活躍を頂きました。弊社のレース運営を、「日本一、いや世界一のレベルへ。」との強い信念で取り組んで頂きました。2012年秋に初開催した世界選手権WECでは、FIAやACO役員から、「初開催のサーキットの競技長として、完璧なレース運営だった。」とお褒めの言葉を頂き、二人で抱き合った思い出もあります。これは、山路さんのリーダーシップの下にオフィシャルの皆さんの努力の結果であり、本当に感謝しております。富士スピードウェイをこよなく愛してくれた山路さんの信念を引き継いで、オフィシャルの皆さんが今も活動して頂いております。

富士スピードウェイとしても、世界に誇れるサーキットを目指して頑張って行きたいと思っております。どうぞ、天国から暖かく見守って下さい。

2015年4月 富士スピードウェイ専務取締役 柘植和廣